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昭和7年の創業以来、100年に向けて新しい会社のロゴを制定し、Webサイトも一新いたしました。
製造拠点がアジア新興諸国へ急速に移り変わる中、我々は何をすべきか、何を伝えたいのか。
ヒキフネの答え、それは「伝統」「和」でした。
日本人の持つ感性や繊細さをMade in Japan、Made in Tokyo、Made in Katsushikaで表現し全世界へ発信したいという想いです。
それがヒキフネというブランドです。
「安くて良いもの」も必要ですが、「持ってうれしいもの」の気持ちも必要な事。
「良いものは人の気持ちをやさしくする」の精神で日本のもの造りに拘っていきたいと思います。
この想いの具現化は当社4つの経営理念の達成で実現できると考えます。
「必ず社会の役に立つ」「常に新しい価値を創りだす」「どんな環境でもつぶれない」「全従業員が豊かになる」
新しい事への挑戦でマーケットの創造とお客様のニーズを満たす会社、ヒキフネは常にお客様に必要とされる集団でありたいと思います。
| 代表取締役会長 | 石川輝夫 |
| 代表取締役社長 | 石川英孝 |
| 取締役相談役 | 石川進造(現代の名工) |
| 取締役工場長 | 芦辺義明 |
| 取締役総務部長 兼 FP部長 | 鈴木昌史 |
| 取締役技術部長 | 小林道雄 |
| 取締役営業部長 | 石川薫 |
| 取締役品質保証部長 | 津久井豊 |
| 取締役ヒキフネ技研工場長 | 国峰正明 |
| 取締役 (技能担当) | 笠井正夫 |
| (株)ヒキフネ | 男子53名 | 女子42名 | 合計95名 |
| (株)ヒキフネ技研 | 男子16名 | 女子12名 | 合計28名 |

東京は墨田区・向島で1932年に創業。戦火をくぐり抜け、高度経済成長の中、 装飾めっきのエキスパートとして堅実に経営し、丹念に技術を磨いた。 そして現在地・四つ木に移転。現社名「ヒキフネ」に改めるまでの創業期である。
| 1932(昭和7)年 | 5月 | 本社工場地に石川義信が「ヒキフネめっき工場」を創業。主業務として輸出向けアンチモニ-製品の金銀めっきを行う。 | |
| 1950(昭和25)年 | 5月 | 「合資会社ヒキフネ電鍍」に組織変更する | |
| 1964(昭和39)年 | 5月 | 輸出向商品の増加に伴い、生産態勢の強化、合理化のため「ヒキフネ電化工業株式会社」に組織を変更する。資本金200万円 | |
| 1969(昭和44)年 | 6月 | 室内装飾品の製作・販売部門を新設 | |
| 1971(昭和46)年 | 1月 | 製作・販売部門を分離し「株式会社ヒキフネ金属工芸」を設立 | |
| 8月 | 資本金800万円に増資 | ||
| 10月 | 資本金1200万円に増資 | ||
| 1972(昭和47)年 | 社章を制定。 | ||
| 1973(昭和48)年 | 1月 | 新工場落成。本社工場を四つ木工場に全面移転、操業を開始 | |
| 6月 | 営業内容が多様化、多目的化したため商号を「株式会社ヒキフネ」と変更する | ||
| 11月 | 本所税務署より《優良申告法人》の表彰を受ける | ||
| 1974(昭和49)年 | 8月 | 塗装部門の拡張を行う | |
| 1975(昭和50)年 | 6月 | バレルめっき部門を新設 |
GP3計画-Golden, Powerful, Pioneer, Pashionの頭文字。当時の中小めっき加工業としては珍しく、大卒社員を「研究職募集」「デザイナー募集」と銘打って一挙7名採用。現在は経営幹部に育っている。以降、技術・研究開発志向の会社として一気に舵を切る。失敗を恐れず失敗から学ぶ、ヒキフネのDNAが決定づけられた時代である。
| 1976(昭和51)年 | 8月 | 石川進造第2代社長に就任、創業者石川義信会長に就任 | |
| 静電塗装設備を導入、塗装工程の合理化と生産能力の向上を図る。 | |||
| 貴金属回収装置を導入、リサイクル計画を進める。 | |||
| 1977(昭和52)年 | 1月 | 資本金2400万円に増資 | |
| 8月 | 経営業務の基本問題を検討するため、企画室を設置。GP3計画を立案する | ||
| 1978(昭和53)年 | 3月 | 優良中小企業として東京都知事より表彰を受ける | |
| 4月 | 電鋳金型製造プロジェクトを開始する | ||
| 6月 | 本所税務署より2回目の《優良申告法人》の表彰を受ける | ||
| 1979(昭和54)年 | 9月 | 技研工場建設用地を東四つ木2丁目に確保する | |
| 電鋳金型部門が稼動を始める。省資源計画により溶剤回収装置の自社設計による製作を行う | |||
| 1980(昭和55)年 | 8月 | 第1回ヒキフネ祭りを開催。 | |
| 1981(昭和56)年 | 5月 | 第21回工業材料展に新開発のハイプレート(新しい複合装飾めっき技術)、電鋳製品等を発表 | |
| 6月 | 第20回METショーに新製品、新技術を発表。 | ||
| 9月 | 技研工場完成。操業を開始 | ||
| 11月 | バレルめっき部門を分離し「株式会社 ヒキフネ技研」設立 | ||
| 1982(昭和57}年 | 3月 | 創立50周年記念式典をホテルニューオータニで挙行。 | |
| ハイプレート、メタルマーク・レタリングの営業を開始 | |||
| 1983(昭和58)年 | 6月 | 機能めっき部門の拡充のため、技研工場2階に無電解めっきラインおよびメタフロンめっきラインを新設 | |
| 7月 | 本所税務署より3回目の《優良申告法人》の表彰を受ける | ||
| 1987(昭和62)年 | 5月 | 金・銀電鋳技術の完成と製品の製造を開始 | |
| 1988(昭和63)年 | 5月 | 本所税務署より4回目の《優良申告法人》の表彰を受ける | |
| 1989(平成元)年 | 2月 | エアゴールド製品の販売のため「株式会社 ジャパンエアゴールド」を設立、営業を開始 | |
| 6月 | 「18K中空製品の製造に関するエンジニアリング事業家」都中小企業振興公社より下請企業自立化専門化育成助成金の交付を受ける | ||
| 1990(平成2}年 | 1月 | 湯沢にリゾートホテルを保養所として開設 | |
| 12月 | 表面技術協会よりめっき加工業で初めて「技術賞」を受賞 | ||
| 1991{平成3}年 | 7月 | 第6回SK大会開催(QC大会開催) | |
| 8月 | CIプロジェクト開始(職場環境改善、製品化、快適度アップの3プロジェクトを結成) | ||
| 研磨工場を設置して快適な研磨作業ができるようにする | |||
| 電着塗装設備の導入によって塗装の品質向上を図る | |||
| 1992(平成4}年 | 2月 | 創業60周年記念に全社員でハワイ旅行 | |
| 7月 | 東京都振興公社より中小企業人材確保助成を受ける | ||
| 9月 | WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル}にエアゴールド出展 | ||
| 11月 | 創業者 石川義信 逝去 | ||
| 12月 | 資格職能制度を導入 |
加工技術でめっき業界をリードする存在に育ったヒキフネ。 経営理念の明文化、ISO9001/14001の取得など、 リーダーとして経営・管理技術でも誇れる会社になり、 企業の社会的責任を果たす方針を打ち出した。 環境面は3価クロムの採用、技術面はファイバーへのめっきなど、 技術と経営の両輪でさまざまな分野の賞を受ける。
| 1993(平成5)年 | 2月 | IJT(国際宝飾展)にエアゴールドおよび製造装置を出展 | |
| 日本発明振興協会主催、第18回発明大賞で田辺発明功労賞受賞(すかし彫りの中空金合金製品の製造システム) | |||
| 5月 | 本所税務署より5回目の《優良申告法人》の表敬をうける | ||
| 8月 | 石川輝夫第3代社長に就任 | ||
| 石川進造第2代会長に就任 | |||
| 経営理念を明文化して制定 | |||
| 1999(平成11}年 | 3月 | ISO9001取得。 | |
| 第三工場を稼動し精密めっき分野へ進出。 | |||
| 東京都より経営・技術活性化助成事業(マグネシウムへのめっき工程確立)を受ける。 | |||
| 2001(平成13}年 | 4月 | ファインプレーティング部(FP部)ISO9002の拡大審査で認証される。 | |
| 8月 | 特品倉庫・新食堂を増築する。 | ||
| 2003(平成15}年 | 3月 | バレルめっき課 ISO9001拡大審査認証。 | |
| 6月 | 創業70周年記念式典をロッテ会館で挙行。 | ||
| 2004(平成16}年 | 6月 | 情報システムを刷新。 | |
| 機械要素技術展に環境対応めっき技術、光ファイバーめっきなどを出展。 | |||
| 2005{平成17}年 | 2月 | シンジケートローン(協調融資)で4億円を調達し設備投資にあてる。 | |
| 4月 | 3価クロムめっきの3ライン目を増設。 | ||
| 2006(平成18}年 | 3月 | 葛飾優良工場認定 | |
| 2007(平成19}年 | 8月 | 会長 石川進造「ものづくり日本大賞 内閣総理大臣賞」受賞 | |
| 10月 | 会長 石川進造「現代の名工」の認定を受ける。 | ||
| 2008(平成20}年 | 1月 | 第9回 半導体パッケージング技術展に ナノフォーミングなどを出展 | |
| 4月 | ISO14001認証取得 | ||
| 11月 | 航空宇宙産業技術展2008にチタンおよびアルミ合金へのめっきなどを出展 | ||
| 2009(平成21}年 | 2月 | 第2回葛飾ブランド「葛飾町工場物語」認定 | |
| 3月 | 全社員対象の研修会を実施(全28回) | ||
| 8月 | ものづくり中小企業製品開発等支援事業に2事業(メタライズファイバアレイおよびナノインプリント電鋳金型)が採択される | ||
| 11月 | 東京商工会議所 第7回「勇気ある経営大賞」優秀賞受賞 |
100人を超える社員が共有するヒキフネのDNAを束ね、 100年に向かって石川英孝率いる新時代のヒキフネが出航する。 Tokyo 1932. 書をモティーフに刷新したロゴに「日本のものづくり」「和のブランド」の想いを込め、 荒波を恐れずに、ものをつくり、人をつくり、地域をつくってゆく。
| 2010(平成22}年 | 8月 | 石川英孝 第4代社長に就任 | |
| 石川輝夫 第3代会長、石川進造 相談役に就任 | |||
| 9月 | 幹部社員対象に月例「アクションラーニングセッション」を導入 | ||
| インターオプトに出展 | |||
| 11月 | 東京都 中小企業ものづくり人材育成大賞 受賞 | ||
| 2011(平成23}年 | 1月 | 新年行事として15年ぶりに「もちつき」を復活 | |
| 米国サンフランシスコにおいてフォトニクスウエストに出展 | |||
| 2月 | 第10回国際ナノテクノロジー総合展に出展 | ||
| 4月 | フォトニクスに出展 | ||
| 6月 | 新CIおよびコーポレートスローガン「めっきで世界を切り拓く」を制定 | ||
| 機械要素技術展に出展 | |||
| 7月 | Webサイトをリニューアル | ||
| 9月 | 第37回ECOC(欧州光通信展示会)に出展(初の単独海外出展) |
創業100年に向けて社長が交代し、新しいヒキフネの歩みを始めるにあたって、
全従業員が愛着を抱いている既存の社章を残しつつ、新しいブランドコミュニケーションロゴを制定・統一することになりました。
制定にあたっては、いろいろな方に愛され、私たち自身が誇りをもてるロゴであるために、このようなことを表したいと考えました。
これらを満たす素材に、私たちは「書」を選びました。
装飾めっきからスタートしたヒキフネの文化には、工芸、芸術、文化、技能といった数値化できない要素に対する畏敬、憧れ、信頼が息づいています。
書には、大胆さと繊細さが同居し、どんなフォントにも出せない味わいがあります。確かな技術のもとに、一画一画が変化します。
すなわち、ヒキフネのオリジナリティを表しているのです。
揮毫は「書も音楽も絵画も、真に革新的な作品だけが残る」と語る気鋭の書家、神田浩山氏にお願いしました。
真に革新的な技術、そして真に革新的な会社だけが残ると私たちも考えていたからです。
ヒキフネの企業姿勢に共感し、ロゴの揮毫を快諾された神田浩山氏ですが、大いに悩み、制作は難航を極めました。
漢字にはさまざまな自体がありますが、日本独自の字であるカタカナは、ひらがな以上に見本がないからです。
すなわち、真にオリジナリティのある文字を書き起こさなければならないからです。
出来上がった作品は、私たちにとっても驚きに満ちたものでした。
しかし、その躍動感に、オリジナリティに、人間らしさに、眺めているうちに目が離せなくなりました。
Tokyo 1932。
ヒキフネは、ロゴに込めた誇りを胸に、100年に向かって常に革新を続けてまいります。
この度は社名揮毫のご依頼をいただき、光栄に存じます。
「片仮名4文字だけで、かつ筆文字の魅力のあるものを」とのご依頼、浅学非才の私にとりましてはなかなか難しい仕事で試行錯誤を致しました。
筆文字の魅力の表現として、線の太細の変化を大きくつけ、筆画の中に白が現れる「破筆」の技法を随所に採り入れました。
また、全体のフォルムとしては、私の好きな中国・漢時代の日常の文字資料である「木簡」の書風を採り入れました。
漢時代というのは、中国の国力が大変盛んになり、その後の中国の文化・芸術のみならず、あらゆる分野のベースとなった時代であります。
ヒキフネが、高い技術に裏打ちされたベースを確固たるものとしながら、今後一層未来に向かって発展されることを願ったからです。
とりわけ「キ」の第一画目の右上がりの張り出す筆線にその意を込めさせていただきました。
社章は昭和47年、四つ木工場ができたときに制定したものです。
マークに二重の円の縁があり、その円から舟の帆先が出ています。
円は完結を意味していますが、当社はいつまでも完結せずに、次々と壁を突き破っていく意思を表しました。
シンボルカラーはブルーです。どこまでも広がる青空と希望をイメージしています。